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浦和地方裁判所 昭和44年(ワ)370号 決定 1972年1月27日

原告

山本惣次

他一五八九名

被告

三菱原子力工業株式会社

右代表者

牧田与一郎

右当事者間の昭和四四年(ワ)第三七〇号妨害予防排除請求事件について、原告らから文書提出命令の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被告は、被告が内閣総理大臣に対し、昭和四二年一二月一一日付で提出した「臨界実験装置設置許可申請書」(ただし、昭和四三年六月八日付で一部訂正)、および昭和四五年九月一四日付で提出した「三菱臨界実験装置変更許可申請書」(ただし、同年一一月四日付で一部訂正)、並びに、右各申請書に添付された付属資料一切の各写を本裁判確定の日から七日以内に当裁判所に提出せよ。

理由

第一、原告らの申立ては、別紙文書提出命令申立書に記載のとおりであり、これに対する被告の意見は、別紙上申書に記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一原告らは、主文掲記の各文書(以下単に「本件文書」という。)が民事訴訟法第三一二条各号にあたる文書であるとしてその各写の提出を求めているが、先づ、本件文書の写が同条第三号後段にいう「挙証者と所持者との間の法律関係につき作成せられた」文書に該当するか否かについて判断する。

(一)  本件妨害予防排除請求事件(以下単に「本件」という。)において、原告らは、第一次的に、被告は原告らに対し原子炉を原告ら居住地域に設置しない旨の不作為義務を負担したに拘らず、右義務に違反して原子炉である臨界実験装置(以下単に「本件装置」という。)を設置したとして右装置の除却を、第二次的に、右装置の原告ら居住地域への設置は、原告らの身体、生命あるいは居住の安全を侵害する危険性を有するとして、人格権あるいは所有権ないしは占有権にもとずき、右装置の運転をしてはならない旨の妨害の予防を求め、これに対し、被告は、原告らの右主張を全面的に争い、特に本件装置は安全性に欠けるところはないとして、第二次的請求についてはもとより、第一次的請求に対しても、仮に原告ら主張の如き原子炉不設置の義務を負つたとしても、右装置について右義務の履行を強制することはできず、そうでないとしても、右装置の除却を求める原告らの請求は、その装置の安全性に欠けるところのない以上権利の濫用として許されないと主張し、かくて、本件装置の安全性が本件における主要な争点となつていることは、当事者双方の主張に照らし明らかである。

(二)  ところで原子炉(臨界実験装置を含む)を設置しようとする者は、内閣総理大臣の許可を受けなければならず〔核原料物質・核燃料物質および原子炉の規制に関する法律(以下単に「規則に関する法律」という。)第二三条第一項、原子力基本法第三条第四号、核燃料物質・核原料物質、原子炉および放射線の定義に関する政令第三条〕、内閣総理大臣の許可を受けようとする場合には、使用目的、原子炉の型式・熱出力および基数、原子炉およびその附属施設の位置・構造および設備、使用済燃料の処分の方法等所定の事項を記載した申請書を提出することを義務づけられており(規則に関する法律第二三条第二項)、原子炉及びその附属施設の位置・構造および設備については、なお、原子炉本体、核燃料物質の取扱施設および貯蔵施設、原子炉冷却系統施設、計測制御系統施設、放射性廃棄物の廃棄施設、放射線管理施設、原子炉格納施設の各構造および設備等にわたり詳細な記載事項を定め〔原子炉の設置、運転等に関する規則(以下単に「規則」という。)第一条の二、第一項第二号〕ると同時に、右申請書には、更に、原子炉の使用の目的に関する説明書等のほかに、原子炉施設を設置しようとする場所に関する気象、地盤、水理、地震、社会環境等の状況に関する説明書、原子炉施設の安全設計に関する説明書、核燃料物質および核燃料物質によつて汚染された物による放射線の被害管理並びに放射性廃棄物の廃棄に関する説明書、原子炉の操作上の過失、機械又は装置の故障、地震、火災等があつた場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類、程度、影響等に関する説明書などの原子炉の安全性に関する資料を添付しなければならない〔核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律施行令(以下単に「施行令」という。)第六条第二項、規則第一条の二、第二項〕。そして内閣総理大臣は、原子炉設置許可の申請があつた場合においては、あらかじめ原子力委員会の諮問を経ることとし、原子力委員会は、原子炉安全専門審査会の審議に付したうえ、内閣総理大臣に答申し、内閣総理大臣はこれを尊重したうえで、許否の判断を決するのであるが、その場合、原子炉施設の位置、構造および設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであることを認めるときでなければ、その許可をしてはならないのである(規制に関する法律第二四条第一項第四号、原子力委員会設置法第二、三条、第一四条の二)。又原子炉設置者は、許可を受けるにあたつて提出した申請書の記載事項のうち、規制に関する法律第二三条第二項第二号から第五号まで、又は第八号に掲げる事項を変更しようとするときは、その内容および理由等を記載した申請書を変更後における安全性に関する説明書等を添付して提出し、内閣総理大臣の許可を受けなければならず(規制に関する法律第二六条第一項、施行令第八条、規則第二条第一、二項)、この場合の許可の基準は、原子炉設置の許可の場合と同様である(規制法第二六条第四項)。

しかして弁論の全趣旨によれば、本件文書は、被告が本件装置の設置の許可を受けるにあたり、前記諸法令にもとずき、内閣総理大臣に提出した申請書および添付書類、並びに、右申請書の記載事項の変更の許可を受けに際し、内閣総理大臣に提出した変更許可申請書および添付書類であつて、それぞれ前記諸法令による所要の事項が記載されていること、および被告が本件文書の写を所持していることを認めることができる。

(三) ところで、民事訴訟法第三一二条第三号後段により、所持者が提出の義務を負う文書は、当該文書が挙証者と所持者との間の法律関係にもとずき作成された文書である必要はなく、文書記載の事項が挙証者と文書の所持書との法律関係に関連があれば足りるのであつて、かような文書である限り、同条項にいう文書には、第三者との間の法律関係にもとずき作成された文書をも含むものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告が放射線を扱うことにより一応危険物と認められる本件装置を設置したことにより、右装置が設置せられた被告会社附近の原告ら住民と被告との間に、右装置の安全性をめぐつて、すなわち原告らの身体、生命あるいは生活・居住の安全(これを人格権と構成するか、物権的請求権と構成するかは争いのあるところであるが)に対する妨害予防をめぐる法律関係が発生したものということができ、被告が本件装置の設置ないし変更の許可を得るため内閣総理大臣に提出した本件文書は、前記原子炉の設置ないし変更許可に関し定める諸法令の規定に照らすときは、重要な許可条件である本件装置の安全性審査のために作成されたものというべく、本件文書の記載内容からすれば、いずれも本件装置の安全性に関する資料として不可分一体のものといえるから、本件文書は、原告らと被告との間の法律関係につき作成せられた文書であるというべきであり、本件文書の写も又、本件文書にかわるべきものとして、右法律関係につき作成せられた文書たる性格を失わないものであつて、本件文書の写を所持している被告は、これを提出すべき義務があるものといわねばならない。

(四)  しかして本件において、原告らが本件装置の設置が原告らの身体・生命ないしは居住の安全を侵害する危険性を有していると主張し、その安全性が主要な争点となつていることは前記のとおりであるところ、本件文書が右安全性を解明するうえで極めて必要かつ重要な証拠方法であつて、かつ、原告らにおいて他に本件装置の安全性の存否に関しその立証上有力なる資料を持ち合せていないものと認めうるから、本件文書の写の提出を求める必要性は、これを十分肯認することができるものというべきである。

(五) ところで被告は、本件装置は、外国から秘密遵守を条件として導入したものであると主張するので、なお右秘書遵守との関係で検討を加えるに、民事訴訟法第三一二条第三号後段に定める文書提出義務は、基本的には証人の証言義務とかわるところはないから、証言義務について規定する同法第二八一条第一項第三号に該当する事由が存するような場合には、文書の所持者は、文書提出の義務を免れうるものと解されるところ、被告は、一企業として、本件の如き臨界実験装置を設置するに際しては、原告ら住民の安全を確保すべきはもとより、住民によりその安全性に疑問が持たれるに至つた場合には、積極的に安全性につき解明し、住民の不安解消のために努力すべき社会的責務を負つているのであつて、この責務以上に究極的には企業の個人的利益を前提とした技術提携会社との秘密遵守義務を優先させることは許されないものというべきである。しかして安全性の解明につき、本件文書の有する重要性に鑑みれば、帰するところ、前記条項所定のような免責事由は、本件においては存在しないものというべく、被告は本件文書の写の提出を拒みえないものといわざるを得ない。

二以上の次第で、原告ら主張のその余の文書提出命令申請の根拠につき判断するまでもなく、原告らの本件申立は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり決定する。

(須賀健次郎 松沢二郎 園田秀樹)

文書提出命令申立書

一、文書の表示

被告会社が内閣総理大臣に対し、昭和四二年一二月一一日付で提出した「臨界実験装置設置許可申請書」(ただし、昭和四三年六月八日付で一部訂正)、および、昭和四五年九月一四日付で提出した「三菱臨界実験装置変更許可申請書」(ただし、同年一一月四日付で一部訂正)、並びに、付属資料一切の各写。

二、文書の趣旨

被告会社が本件原子炉(臨界実験装置)の設置について、核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律第二三条第一項、第二四条第一項各号に基づく許可を得るため、内閣総理大臣に提出した許可申請関係書類にして、本件原子炉(臨界実験装置)の構造を明らかにし、且つ、安全性に対する具体的条件を示すものであるが、右本件原子炉(臨界実験装置)の構造および安全性に対する具体的条件では本質的な危険性を内在することが明示される文書である。

三、文書の所持者

被告会社

四、証すべき事実

本件原子炉(臨界実験装置)には構造上本質的な危険性が内在し、そのため、平常時の運転においても、常時放射能が照射され、また、操作上、技術上の過誤に伴なう事故の発生を免れないものである。特に事故時においては、緊急停止装置その他の安全装置に欠陥があり、また重大事故、仮想事故に対する具体的条件の設定が極めて不備であるため、爆発的な核分裂の連鎖反応に伴なう発熱、放射能の照射等を免れないのである。

かくして、本件原子炉(臨界実験装置)の周辺に居住する原告等住民は放射能、その他により生命、身体、財産の危険にさらされているのである。

五、文書提出義務の原因

本件文書は、被告会社が本件許可申請のために作成したものである。

そのことは、被告会社第七回準備書面九九頁に「昭和四二年一二月一一日被告会社は内閣総理大臣あて本件臨界実験装置の設置許可申請を行なつた」と陳述しており、また、本件臨界実験装置については、被告会社第二回準備書面を始めとして第三、四、七各準備書面その他において、その構造その他に関し被告会社に都合のよい恣意的解釈引用をしているのである。

ところで、本件文書は、原子炉研究の成果を集成したものとしての、本件原子炉(臨界実験装置)の構造とその安全性の具体的条件等について、被告会社により作成されたものである。従つて、原子力基本法第二条により公開されるべき性質のものであつて、原告等住民がこれを閲覧しうるものであることは明らかである。

しかも、本件文書は本件原子炉(臨界実験装置)の安全審査のために作成、提出されたものであつて、本来安全審査は住民のために設定された制度であり、原品等住民にとつて本来利益になされるべき性質のものである。

ところが、被告会社はアメリカW・H社との提携による企業の秘密を理由として、原告等の要求、さらには裁判所の再三に亘る任意提出の勧告にも拘らず、これにも従わず、その提出を拒否しているのである。

被告会社がさきに本件文書の送付嘱託を拒否した科学技術庁とともに、原子力基本法の公開原則を無視していることは、原子力行政が国民から遊離して、企業の利益に奉仕するものとなり下つていることを如実に示すものであり、他方我が国の原子力産業がアメリカへ従属し、住民の人権を無視する姿勢を明らかに示したものであつて、企業利益のために公害をいとわない企業の態度を被告会社の中にも充分に看取できるのである。

かくして、原告等は原子力基本法第二条の趣旨を前提として、民事訴訟法第三一二条各号により本件文書の提出義務を負う被告会社に対し、本件文書の提出を命令されるよう申立てるものである。

上申書

原告らは、昭和四六年一二月九日提出の文書提出命令申立書において、被告三菱原子力工業株式会社(以下被告会社という)が原告らに対し「原子力基本法第二条の趣旨を前提として、民事訴訟法第三一二条各号により本件文書(同提出命令申立書第一項記載の文書)の提出義務を負う」旨主張しているので、以下被告会社は原告らに対し該文書を提出すべき何らの義務も負担していないことをあきらかにする。

一、民事訴訟法は文書提出義務に関して次のように規定している。

第三百十二条 左ノ場合ニ於テハ文書ノ所持者ハ其ノ提出ヲ拒ムコトヲ得ス

一、当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル文書ヲ自ラ所持スルトキ

二、挙証者カ文書ノ所持者ニ対シ其ノ引渡又は閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ

三、文書カ挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ又ハ挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタルトキ

二、右三一二条一号の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」にいう引用とは、当事者が文書そのものを証拠として引用した場合(兼子一「条解民事訴訟法」七九三頁)、あるいは、広く解したとしても、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため、とくに文書の内容と存在を明らかにすることを指すもの(東京地裁昭和四三年九月一四日決定、判例時報五三〇号二〇頁)と解されている。

しかるに、被告会社は「昭和四二年一二月一一日被告会社は内閣総理大臣あて本件臨界実験装置の設置許可申請を行なつた」と述べているだけであり、「臨界実験装置設置許可申請書」の内容についてはもちろんその存在自体についても何ら言及していない。そのうえ、右被告会社が右のように述べた理由は、原告らが訴状四丁表九行目以下において「昭和四二年一二月一一日被告は、一方右の如く市議会の議決前であるにも拘わらず、内閣総理大臣宛、臨界実験装置設置許可申請をなすという背信的行為に出た次第である」と主張しているので、その主張に対する反論として、許可申請をなすに至つた経緯において被告会社には何らの背信的行為も存しなかつた旨をあきらかにしたもので、許可申請したこと自体を主張したものでもない(因みに、被告会社は答弁書六丁表において、昭和四二年一二月一一日に許可申請をなしたことを認めている。)

また、原告らは同提出命令申立書第五項において「本件臨界実験装置については、被告会社第二回準備書面を始めとして第三、四、七各準備書面その他において、その構造その他に関し被告会社に都合のよい恣意的解釈引用をしている」と主張しているが、都合のよい恣意的なものであるかどうかは別にして、右構造等に関する被告の主張は「臨界実験装置設置許可申請書」から引用したものではなく、現実に設置されている実験装置についてその構造等を説明したものであること同準備書面によりあきらかである。

以上によりあきらかなように、被告会社には民事訴訟法三一二条一号による文書提出義務は全くない。

三、同条二号にいう「挙証者カ文書ノ所持者ニ対シ其ノ引渡又は閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」とは、挙証者が文書の所持者に対して、実体法上引渡し又は閲覧を請求する権利を有する場合と解されている。

原告らは同提出命令申立書第五項において、「本件文書は、原子炉研究の成果を集成したものとしての、本件原子炉(臨界実験装置)の構造とその安全性の具体的条件等について、被告会社により作成せられたものである。従つて、原子力基本法第二条により公開されるべき性質のものであつて、原告等住民がこれを閲覧しうるものであること明らかである」旨主張している。

原子力基本法第二条は「原子力の研究、開発および利用は、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行なうものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする」と規定しているが、「その成果の公開」とは、原子力の研究の結果得られた成果を秘密とせず公開するということで、平和目的の担保となるものであること、被告会社準備書面(第七回)第一一の二項(七五頁)において述べているとおりである。この点について、参議院商工委員会における原子力基本法案審議の際に参考人として陳述した茅誠司氏は、「『その成果を公開し』という点が学術会議におきましてもずいぶん論議された点でありますが、結局これが兵器として使われるということの心配は、その研究結果に秘密な点がある。そういう点におもな根拠があるということを考えて、平和的に利用される上においてはぜひ結果は公開をされなければならないという意味で、こういうことを申したのであります……」と述べている(乙第七九号証の一)。この参考人陳述に明らかなとおり、原子力基本法第二条にいう公開とは、原子力の研究、開発および利用の成果が秘密裡に置かれるときは軍事目的の研究等が行なわれてもわからないおそれがあるので、成果を公開することにより軍事目的の研究等でないことを明らかにし、平和利用を担保しようとする基本方針を宣言したものである。この立法趣旨よりすれば、平和利用を保障するに必要な成果の公開が為されれば目的は達成されるのであつて、外国から、秘密遵守を条件として導入した、平和利用のための被告会社の実験装置の構造技術の細目について、公開を強いることが、右第二条の趣旨に合致するものでないことは、明かである。この点については、前記茅誠司参考人が、「この点については多くの疑義が差しはさまれております。第一は商業上の特許の問題、そういつたような問題で、この原子力関係の技術に公開されないものが多々あるのではないかというような点もずいぶん論議されたのでありますが、そういう問題は、結局、目的は平和的に使う、兵器として原子力を利用しないというその目標をはつきりとすれば、おのずから限度はわかるわけでありますからして、その原則といたしましてはここに現われておりますように、『その成果を公開し』ということでわかるということに落ちついておるのであります」と述べている(乙第七九号証の一)ところよりするも、明かである。さらに言えば、右原子力基本法第二条は、原子力の研究、開発および利用についての国の基本方針を宣言したものであつて、同条によつて国民が原子力研究者等に対し直接研究等の結果の公開を求め得る請求権を定めた根拠規定ではない。

以上述べたところからあきらかなように、「臨界実験装置設置許可申請書」は右原子力基本法第二条にいう「公開の原則」とは何ら関係のないものであり、被告会社には何人に対しても閲覧に供する義務は存しない性質のものである。

従つて、被告会社には民事訴訟法三一二条二号による文書提出義務は存しない。

四、「臨界実験装置許可申請書」が民事訴訟法三一二第三号に該当しないことは文理上あきらかである。

五、以上のとおり、被告会社が原告らに対し「臨界実験装置許可申請書」を提出すべき義務は何ら存しない。従つて、原告らの昭和四六年一二月九日の文書提出命令申立は棄却されたい。

<参考>

昭和四四年(ワ)第三七〇号

上申書

原告 山木惣次

外一五八九名

被告 三菱原子力工業株式会社

右当事者間の妨害予防・排除請求事件につき、被告は次のとおり上申します。

昭和四六年七月二九日

被告代理人 山根篤

下飯坂常世

海老原元彦

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

浦和地方裁判所

第二民事部 御中

さきに、本件臨界実験装置の設置許可申請書および付属書類一式を、任意提出するよう、裁判所より御要望がありましたが、以下に述べる理由により、提出いたし兼ねますので、上申いたします。

本件臨界実験装置は、米国ニューヨーク州ニューヨーク、ウエスティングハウス・テレクトリック・インターナショナル・カムパニー(以下ウエスティングハウスという)と被告会社間の昭和三四年七月一日付、実施許諾および技術援助契約に基きウエスティングハウスより被告会社に実施を許諾され供給された技術資料を用いて建設したものであります。

右実施許諾および技術援助契約において、被告会社は、ウエスティングハウスから供給を受けた技術資料を厳に秘密とすべき義務を課されております。すなわち、右契約において、被告会社は、いかなる技術資料をも(工業界において一般に公知となつているものを除き)、方法の如何を問わず、いかなる第三者に対しても、通報し、譲渡し、許与し、処分し、または与えてはならず、かつ、これを防止するに適当な予防策をとらなければならない旨、定められているのであります。

本件臨界実験装置の設置許可申請書および付属書類を裁判所に提出するときは、被告会社は右の契約上の義務違反の責を問われ、右契約解除および損害賠償の問題を生ずるのみならず、将来にわたつて、新たな技術援助を受け得なくなります。

さらにまた、この問題は、被告会社のみにとどまらず、わが国原子力産業界全般に波及することが虞れられます、何となれば、わが国産業界は、原子力技術に関しては戦後の空白期間が長かつたため、残念ながら、先進諸国との技術格差が著るしく、いまだ先進諸国よりの技術導入なしに独自の発展をなし得る段階に到達しておらず、米英その他海外諸国よりの技術導入は不可欠であります。万一、被告会社がウエスティングハウスより導入した技術資料を裁判において公開した場合は、ひとりウエスティングハウスの被告会社に対する信頼関係を破るにとどまらず、海外諸国の日本原子力産業界一般に対する信用をも失墜し、海外諸国では、日本に供与した技術は裁判が起れば公開せられる先例があるのであれば、日本に対しては秘密を要する技術の供与は差し控えねば安心できぬ、と考えるでありましよう。かくては、爾後、わが国各社において必要とする新規原子力技術の導入は著るしく困難となり、最悪の事態においては、秘密を要する技術は一切わが国へは供与せられない結果を招来するおそれがあります。このことは、増大する新規電力需要に対応するに、石油その他の燃料問題の行き詰りの結果、原子力発電に比重を移行せざるを得ない電力各社、その他わが国の産業界全般にとつて、世界の技術水準に立ち遅れることを意味し、その損害は測り知ることのできないものがあります。

以上の次第でありますので、被告会社は、本件臨界実験装置の設置許可申請書および付属書類を提出することは、致し兼ねます。なお、本件臨界実験装置の安全性に関する立証としては、わが国原子力学界の最高権威を網羅して構成せられた原子力委員会原子炉安全専門審査会の答申書を以て十分であり、これ以上の判断をなし得る専門家はわが国には存しないと確信します。       以上

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